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日記

最近の出来事


もしや冷夏?夏物が売れんばいorzどこのショップも早々に夏物セールが始まった今日このごろみなさまにおきましては新品の洋服のニオイってしますかにゃ?山の猫ですこにゃにゃちは(wa)

幼少時代のことですが、山の猫は夜になるとよく吐いておりました。定期的に静脈注射を打つために直ぐ近くの病院に通っておりました。
物心ついた頃に数回祖母が病院に付き合ってくれましたが、その後は一人で病院に通っていたのだけど、今思えばですが、保育園に入る前の子供が一人で病院通いをするなど、現在ではもっての外ですにゃ。
また、ゲンノショウコ(医者いらずとも呼ばれております) (有効成分はゲラニインなどのタンニンで胃腸に良い)を干して乾燥させたものを煎じた熱い煎じ湯を飲まされていましたにゃん。メッサまずいにゃん。
マジで飲みたくなかったにゃん。何の罰ゲームなん?と思っておりましたにゃんよ。地獄の煎じ薬の時間でしたにゃ。

山の子猫は見た目はとても元気でした。喋りもハキハキしていて、まるで軍隊で育ったのかというくらい(笑)(父によるスパルタ教育のせいです)一人で山に入って探検をしてみたり、一人で図書館に行って手の届く範囲の本を読んだり、自分が通わせてもらえなかった近くの幼稚園の遊具でかってに遊んだりしていたのも事実でございます。ある意味野生児👦
そんな山の猫ですが、夜になると自分で新聞紙を敷き詰めた洗面器を枕元に置き、吐くかも!と思ったら洗面器を両手で抱えて茶の間に走っておりました。蕁麻疹が出ると祖母がお酢を少し温めてくれて、脱脂綿にそれを含ませて塗布してくれました。
それから○十年、病気でなかったことは皆無ですにゃん。それに加えて味覚障害になっちまったって訳(=^・・^=)orz
しかしながら、元気そうに見えるのは昔から同じであり、まさか私が病気を抱えているなどとは誰も思わないことでしょう。

20年以上前にいきなり体の痺れを感じるようになりました。それは右半身のみ、または左半身のみ、または胸から下のつま先までと、その時によって痺れる場所が異なりました。素人考えで頚椎か?脊椎のどこかが悪いのか?と思って東京都内の大学病院や整形外科を網羅。診察券は数十枚にもなりました。レントゲンとMRIを撮り続けておりました。スゲ被爆)病院によっては頚椎の一部が狭くなっているから頭のけん引をしましょうとなりしばらく治療をするも病院の帰りにブワーッと体に痺れが走りました。整体にも行きましたにゃ。西洋医学東洋医学、もう何でもいいからどうにかしてちょーだい状態でした。

父の介護が始まり手が負えない暴力的な父を精神科に連れて行ったときのこと、体調が悪かった自分もその病院で色々と診ていただきました。とても優秀な医師に巡り会えましたの。蕁麻疹や痺れの相談もしました。内蔵には神経が無いので内蔵が痺れる感覚は出ません!所謂ストレス障害ですとのこと。安定剤の一種を処方していただき薬を飲むようになってから痺れる回数が減りました。蕁麻疹は生まれつきのものがあるけれど、それも精神不安やストレスからも出るらしいです。アレルギーもあったのでアレルギーの薬も処方していただきました。良くなりした(嬉涙)
良い病院ではなくて、良い医者との出会いによって治らなかったものも治るかもしれないと思いました。有難かったです。先生ありがとうございました。
で、ここまでどうでも良い話でした。すみませんm__m


先日、いつものお薬を出していただこうと病院に行ったときのことです。
一人の女性がソロソロと焦点の定まらない様子で病院の受付に行く姿が目に入りました。
ひと目みてその女性が心の病であることがわかりました。
受付ではか細い声で話していました。その後私が座っている場所よりもずっと後ろの方にゆっくりと歩いて行きました。その直後いきなり叫びだしました。
それは待合室の何処に居ても聞こえるような大きな声でした。「私のことなんて誰も救ってくれないんだよ。誰にもわかってもらえないんだよ。私の気持ちなんて理解してもらえないし誰にも治せないんだよ!医者にも無理なんだよ!」
彼女の横には父親と思われる男性が黙って座っていました。
その声を聴いた山の猫は思わず涙が溢れてきました。(´;ω;`)そうだにゃんって言ってあげたかった。それと、彼女の声は透き通るような素敵な声でした。きっと歌など歌ったら素敵な歌声が聴けそうなくらい。

脳の病気であれば外科的に治すことだったり症状に合った薬の処方で治りは早いよね。けれど心の病気は頭脳の病気とも言われるけれど心は心だったりするにゃんね。声を張り上げて叫ぶことができた彼女はほんの少しは楽になったかもしれません。ほんの少しだけ。張り裂けそうな気持ちを声を張り上げられて良かったねと山の猫は心の中で思いました。
山の猫が苦しかったときはそれができなかったからにゃ(=^・・^=;)
暖かく肩を抱いてくれる人が傍らにいてくれれば彼女の心の病は、もしかしたらだけどそれほど時間をかけずに快方に向かうかもなぁって思いました。
(山の猫には肩を抱いてくれる優しい人が居たかってか?居なかったにゃん!!(´;ω;`))
超現実主義の夫しかいなかったにゃりorz

人は多かれ少なかれ色々な悩みや孤独感と戦っていると思っている山の猫にゃん。
山の猫も一応・・はい、人なんで(=^・・^=)/
少なからず誰もが持っている悩みには必ず原因があるにゃん。その原因を自分自身が突き止めてその原因を忘却排除するか、または認めた上でどうにもならんわいと適当に付き合うか、その原因なるものを解決する努力をするかの選択をしなければ、いつまでもいつまでも悲しみや不安や焦燥感がつきまとうことになるんよね。って簡単に山の猫は言っちゃったけどコレって結構大変な作業ですにゃ。
ホルモンバランスが崩れてる時にはそれなりのお薬の処方が必須にゃんね。
年は取りたくないし老化するのも嫌だと皆思っているだろうけど、気がつけばそういう年齢になってしまうのが人間にゃね。
嫌だねぇいにゃん🐾

色々な病気が世の中にはあるけれど、味覚がわからなくなったり錯誤したりすることで気落ちする病まで山の猫は経験してしもうたにゃす。
来年は体の一部の手術が待ってまぁすにゃん(=^・・^=)なんと同じとこ三回目にゃよ。来年の話とはいえあと半年?
一週間は長く感じるけれど一年が経つのが早いと思うのは、なーんデカ?山の猫の時空の流れがおかしくなってまつ。
一つ言えるのは東京なんてとこに住んでるせいだと思うにゃん。大都市圏に人口集中してるらしいけれど、山の猫には理解できにゃい。
できることなら限界集落に住みたいくらいです。病院があることと携帯電話が繋がるとこが条件だけどwできればWi-Fiも欲しいw
あとはAmazonが配達してくれるところね。
時間の流れがきっと緩やかになると思うにゃ。ゲンノショウコもあるだろうし(笑)トリカブトと間違わないようにしなきゃね(・・;)
山の猫の場合老後に2千万円は必要無いにゃ。月額の年金8万円あれば十分にゃりよ。

より豊かな生活をする場合、2千万から4千万の余裕資金が必要とされているようにゃがの?アメリカでは老後資金は最低3千万と言われておるにゃんよ。山の猫の姉はそのために家買ってそのうち転売するらしい。アメリカで暮らすのも大変にゃりね。

旅行に行くとかカジノに行くとかデパートに買い物に行くとか豪華客船で世界一周とか(酔うぞ)、外食ばかりするとかしない限りそんなに要らないにゃ。我が父と母は国民年金と貯蓄があったにゃんけど、貯蓄には手をつけなくても病院代にも困らなかったにゃりよ。(あ・・親が入院保険入っていなかったから山の猫が出費したんだったw)どおりで貯蓄が無い訳だにゃ(=^・・^=)残っている母の貯蓄は姉妹が全部持っていっちゃったwそんなもんですよ。世の中厳しいにゃんね。
山の猫は入院保険だけは入っているので、どうにでもなる。年齢が上がるに連れて欲しいものは無くなっていきまっせ。
この生命さえもボーナスステージだと思えば惜しくは無いにゃ。
ただ、日々を生きている限り、できるだけ毎日一度でも良いにゃで、笑うてみよう。
泣いて暮らすも笑って暮らすも一生にゃん(=^・^=)

そだ、年収2000万円以上、政務活動費まで含めると年に4千万円以上のお金を貰える仕事があります。
それは政治家にゃり。国会議員にゃりよ。野党でも同じ金額もらえるにゃーん(=^・・^=)v
山の猫から一言=給料も政務活動費も減らせにゃ(=^・・^=)
選挙前なんでつい書いちゃったよw
2019年7月・・・参議院議員選挙にゃり〜


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この記事へのコメント

  • ツボ
  • 2019年08月21日 15:17
  • 最近味覚と嗅覚がなくなったツボと申します。

    匂いがないと鼻で息を吸っているのかさえわかりません。

    私は最近余命3日の病気をしてなんとか復活しました。ですが抗ガン剤やらなんやらと色々していて退院した時カレーの匂いと味がわからないことに気づきました。そのあとどんどん精神的にも追い詰められ食事も取ることが億劫です。
    食べた瞬間ガッカリするのが辛いです。

    味も匂いもないと行きていくのが辛いです。
    山の猫さんはどうやって乗り越えて来られたんですか??本当にすごいと思います。
  • 山の猫
  • 2019年08月21日 21:15
  • >ツボさんへ

    初めまして(=^・^=)山の猫です。
    ツボさん、余命3日の病気から復活されたとのこと。ここでお話ができて山の猫は嬉しいです。正直に申しますと山の猫もツボさんと同じようなことがございました。ツボさんが今ここでコメントしてくださったことに感謝します。

    何のニオイも味もしない世界におられるのですね。お気持ちをお察しします。山の猫もそうでした。
    抗がん剤の副作用で味覚嗅覚を一時的に失くされる方は多いです。確実に戻ると山の猫としては言えませんが、抗がん剤の副作用であれば、一ヶ月くらいではないかと思います。個人差があり、早い方は2週間くらいでニオイや味が戻るようです。長い方は一年くらいかかることもあります。抗がん剤の種類によっても副作用の出方には違いがあります。私はただひたすらに一時期落ち込みましたにゃよ。泣いてもその涙の塩っぱささえもわかりませんでした。生きている感覚が無い時を過ごしましたが、リアル我が家の猫を見ていて食べることが生きることであると気付かされ、様々な食材を色々と試してきました。未だ完治しておりません。食べられない物がたくさんあります。ツボさんが口の中に入れてこれは食べられると思える物に出会うまで試してみてください。同じような思いをしている人は世界中にいます。辛い時には「つらいよー!」と声に出してくださいね。味の記憶を勇気を持って辿ってみてください。ツボさん、山の猫は乗り越えてなんていません^^だからここで書いています。乗り越えなくてはならないとか思わずに自分に優しくしてあげてくださいね。凹みたい時には凹んじゃいましょう。ただ、体のことを考えて食べられない時には今は栄養補給のゼリーがありますからしっかり栄養を摂ってくださいね。またお腹を温めてくださいね。憂えた時期のことを、あんな時があったなぁと振り返ることができますように。きっとそんな日が来ます。いつでもコメントしてくださいね🐾
  • ツボ
  • 2019年08月21日 23:15
  • 山の猫さん

    返信ありがとうございます!
    私は妊婦だったんですが5月から42日間40度の高熱が続き、帝王切開からの抗ガン剤治療。
    本当に死と隣り合わせでした。
    そして、嗅覚味覚が無くなっていったんですが、担当医に言ってもそんな副作用は聞いたことない、抗ガン剤はもう抜けてるはずと言われました。
    私的にはストレスなのか匂いや味の細胞が壊れてしまったのかと。。。耳鼻科の先生は鼻は綺麗だしなぜ嗅覚味覚がないのか分からないと言われました。
    山の猫さんのように、医者に治らないと言われても頑張ってほんの少しずつでも、味、匂いの世界に戻っている文章は全く匂いも味もない世界の人間には希望です!
    本当に食べるのが億劫ですし、テレビも食べ物ばかり、周りの人も美味しいなどと言って食べているのが辛いです。
    嗅覚味覚がないくらいなにさ、もっとしんどい人は世の中いっぱいいるし、命が今あるだけでいいじゃないかと自分に言い聞かせています。
    でも匂いのない世界は生きていて意味があるのかと思うくらい辛いですね。。。
    同じ匂い味のない経験をした山の猫さんのブログに出会えてよかったです。
  • 山の猫
  • 2019年09月09日 04:51
  • >ツボさん
    おはようございます。台風の東京ですにゃん^^

    ツボさん辛かったですね。そしてまだまだ辛いですよね。
    そう、おっしゃるとおり、食べ物のCMは見たく無くなります。食事のシーンがあるドラマも同じく。世の中のトレンドの話も同じく。けれども、暫くするとそういうことはどうでも良いと思えるようになります。何より大切なことは自分が今、何を食べられるのかということです。先ずは生きる為に食べるということです^^食べてみましょうね。ほんとにですよ。
    それと、危険な物のニオイがわからない時期であればガスや化学薬品系、ガソリン、それと塩素系の液体、殺虫剤などは吸い込まないように気をつけてくださいね。全く臭わない時期は何もニオイませんが体には影響がありますからね。危険なものは目で確認するか、家族に聞いてみるしかありません。医者はデータを元にしか話ができません。必ず戻るという診断を出して、もしも戻らなければ責任を取らねばならないので冷たい回答しか出来ないのかもしれないと山の猫は後々思いましたが、それにしても言い方は考えて欲しいものですよね。何事も継続することで変化があると山の猫は思っています。この年齢になって「成長」という表現を使うのも何なんですが、((・・;))ミリの成長の希望は捨てずに、今日試して、明日も試してを繰り返していくうちに自分に合った嗅覚味覚の取り戻し方や、味やニオイが分からない凹んだ精神状態を少し楽にできる対処もきっと見えてくると思います。
    つらいと思う時には、家族にも辛いことを理解してもらえなくても口に出して言っていいんですよ。自分の中に溜め込むことなく、たまには辛い気持ちをバーっと吐き出してくださいね。このような私のブログを読んでくださりありがとうにゃんです。
    帝王切開辛かったですね。色々と想像するにツボさんは良く乗り越えてこられましたね。これからですよ、これから。^^一緒に鈍行列車でゆっくり回復へと参りましょう(=^・^=)/急ぐことなかれニャ🐾

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